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Peru ペルー情報   


ペルーの歴史/主な産業

ペルーの歴史
約3千年前、北部山岳地域にチャビン文化が生まれ、その後、モチ-カ、ナスカ、チムと言った各地での文化の移行をみました。11世紀末、中部アンデス地域にインカ族が姿を現し新たな文化を作りました。彼らは次第に勢力を広げ、12世紀初頭頃には首都クスコを中心に5,000㎞にわたるインカ大帝国を形成しました。 しかし、1532年新大陸を目指してやって来たスペイン人により滅ぼされ、その後、19世紀初頭までスペインの植民地として圧政を受けていましたが、南米各植民地に独立の気運が高まり、1821年独立の指導者サン・マルティン将軍のもと独立派はスペイン王党派を破りペル-共和国として独立しました。独立後のペル-は、植民地奪回をもくろむスペインと戦争になるが1866年チリ、ボリビアと結束して勝利を得ました。しかし、その後領土をめぐるチリとの戦争に1879年敗北し南部のアリカ地方を割譲し、その後、地域の多様性は国民の政治統合を難しくし幾度となくク-デタ-が繰り返されました。1968年に軍事政権が誕生し12年にわたって担当しましたが、1979年新憲法が制定され、1980年に民政が実現しました。その後、ベラウンデ大統領、アランガルシア大統領が政権を担当し、1990年に国民の多くの期待を担ってアルベルト・フジモリ氏が大統領に就任、1995年みごと再選致しましたが残念ながら失脚、2001年7月にはトレド大統領が誕生しております。


主な産業
農業:国民の約半数が農業に従事しています。主な作物には、輸出用綿花や砂糖があります。
工業:工場のほとんどがリマ市カヤオ地区に集中しています。主に鉱物資源の精製、家電製品や自動車の組立、綿織物、毛織物が中心とな   っています。
漁業:イワシを加工した魚油や肥料が世界各地に輸出されています。
資源:鉱物資源が豊富で、銅、銀、鉛、亜鉛などが輸出の多くを占めています。


ペルー滞在中の緊急連絡先
◎在ペル-日本国大使館:AV.SANFELIPE365,JESUSMARIA,LIMA,PERU
(51-1)219-9500

◎グランツ-ル・ペル-:AV.28DEJULIO271MIRAFLORES,LIMA,PERU
(51-1)213-0900,445-4507

※1999年に日本人移民100周年を向かえたペルーは、フジモリ大統領就任後、町はきれいになりセンデロルミノソなどのテロ行為もほとんど見られなくなりました、1994年からは再び多くの外国人観光客が訪れておりますが、他の外国諸国と同様、観光客の増加にともない、スリ、ひったくり、置き引きなどの問題も増えています。一人一人が注意することはもちろんの事、夜間や人通りの少ない路地に入らない事、又、金目のものなど目立つものは身につけないなどの事を自分の身の安全の為に行なって下さい。

※パスポートのコピーの携帯について
ペルーでは日本人のパスポートが高く売買出来ます。よってオリジナルのパスポートは必ずホテルに預け、普段出歩く時にはパスポートのコピーを携帯するようにして下さい。
又、2001年8月からは新しい法律により外国人旅行者を証明するパスポートのコピーが各ホテルチェックインの際に提出を義務づけられております。



ペル-の主要都市・観光スポット

■リマ

ペル-の首都リマは、太平洋沿岸中央部に位置していますが、北上するフンボルト寒流の影響で1年を通じて日本の4~5月頃の気候で雨は殆ど降りません。
リマは、1535年1月18日インカ帝国を滅ぼしたスペイン人フランシスコ・ピサロが中央寺院とピサロ邸(現在の政庁)の定礎式を行なった時に始まりました。ピサロは、この新しい町を当時のスペイン国王に敬意を表して王侯の都と名付けましたが、街を流れるリマック川の名前がなまってリマと云う名称が住民の間に広まり、リマと呼ばれようになりました。そして、ペル-が独立するまで、リマはスペイン副王の所在地として活気にあふれていました。現在のリマ市は、ピサロの計画した古いリマより飛躍的な発展を遂げ、人口約800万人の大都会となりました。

<ミラフロ-レス地区> (MIRAFLORES)

海岸沿いの高級住宅の中にもう一つの繁華街ミラフロ-レスがあります。旧市街のセントロとはうって変わって、こちらはずっと落ち着きをもった明るい町です。近代的な建物が多く建ち並び、ブティック、レストラン、高級ホテルが多くありショッピングや食事に最適です。

天野博物館 (MUSEO AMANO) 

開月~金11:00~18:00
リマ名誉市民にも選ばれた故天野芳太郎氏が長年にわたって蒐集した土器、織物などを展示した博物館であり、個人のコレクションとしては、ペル-最大のもの。
古代インカ、プレインカの土器、織物など3万点が収蔵され、うち300点が公開されています。考古学に興味のある人はもちろんのこと織物、染色の研究をする人が多く訪れ、古代ペル-の文化を学びとって行きます。一度は行ってみたい博物館です。


【天野博物館外観(館長)】


<セントロ地区> (CENTRO)


ト-レ・タグレ邸 (PALACIO DE TORRE TAGLE)

植民地時代の建築様式が最もよく保存されているセビリア風の大邸宅で、1735年に建てられました。現在は、外務省として使用されています。

裸足の並木道 (ALAMEDA DE LOS DESCALZOS)

アルマス広場の北東500mにあるコロニアル風の公園。かつてリマに住んだアマック副王が愛人の女優と散歩するために作らせた。鉄柵と並木に両側を囲まれ、恋人達にはム-ド満点の場所となっています。

サン・マルティン広場 (PLAZA SAN MARTIN)
現在のリマ市の中心となっており、広場の中央にペル-独立の英雄ホセ・サンマルティン将軍の銅像があります。周囲にはホテル、映画館、土産店などが並んでいますが周辺は治安が悪いので一人歩きは避けましょう。 

マヨール広場 (PLAZA DE MAYOR) 
1535年都をクスコからリマへ移すと決めたフランススコ・ピサロは、マヨール広場を中心に町を築いていきました。
現在もマヨール広場は旧市街の中心地で、広場を囲むように古い建物が残り、それを広場の片隅からピサロの像が見つめています。

大統領官邸 (PALACIO DE GOBIERNO)
最初はフランシスコ・ピサロの私邸として建てられたもので、何回かの増築後、1938年から政庁として使用されています。

中央寺院 (CATEDRAL) 
月~金9:00~17:00   土10:00~13:00    日 休館
寺院は1625年に完成されたもので、寺院内にピサロの祭壇が作られ、フランシスコ・ピサロのミイラが安置されています。

サン・フランシスコ寺院(IGLECIA SAN FRANCISCO)
開毎日07:30~12:00/16:00~20:00
バロック様式の教会で明るい黄色の外観、壁面を飾る精微な彫刻の数々がひときわ目を引きます。地下に埋葬場があり、植民地時代には一般住民の墓として使用されていました。
■ナスカ
紀元100年から600年の昔、海岸から80㎞ほどの砂漠地帯に一つの文化が栄えていました。謎の地上絵で知られているナスカ文化です。 ナスカの人々は、900k㎡にもわたる広大な大平原(パンパ)に何を思ってか、直線、三角形の図形、動物、魚、虫、植物などの絵を描きました。それも、空中から見なくては判らないほどの巨大な大きさで「これは何を意味しているのだろうか?」多くの人々がその謎にとらわれ、多くの仮説が立てられました。宇宙人説、空飛ぶ人説、星座を表すカレンダ-説など・・しかしながら実際に判ったのは、絵は砂漠を覆った黒い石や砂をどけて白っぽい地面を表すことによって描かれていること、そして、年間を通して殆ど雨がふらない気候が地上絵を現在まで残したと言うこと位です。絵の大きさは10mから大きな物では350mにもおよび、その数およそ200個。多くの謎を秘めたまま、毎日訪れる人々に感動を与えています。

  
【ハチドリ/サル/手の地上絵】

イカ

リマから南へ308㎞。荒涼とした砂漠の中に忽然と現れる町がイカの町です。イカはブドウが良く採れ、そのブドウから作られるワインやペル-の地酒ピスコの産地として有名です。市内から1.5㎞の所にある考古学博物館には10体近いミイラと頭蓋変形と脳外科手術が施された頭蓋骨5,000個が展示されています。最近ではナスカ観光の基地となっています。

リマから南へ308㎞。荒涼とした砂漠の中に忽然と現れる町がイカの町です。イカはブドウが良く採れ、そのブドウから作られるワインやペル-の地酒ピスコの産地として有名です。市内から1.5㎞の所にある考古学博物館には10体近いミイラと頭蓋変形と脳外科手術が施された頭蓋骨5,000個が展示されています。最近ではナスカ観光の基地となっています。

パラカス
リマからパンアメリカン・ハイウエイを海岸に沿って南へ250㎞、太平洋に突き出したパラカス半島の入口にあります。パラカス半島のペヘレイ岬にナスカの地上絵によく似た燭台(カンデラブラ)の絵が描かれています。長さ183m、深さ50㎝に掘られた地上絵はは塩分の濃い霧によって固められた為、消えることなく残っています。


【カンデラブラの地上絵】


バジェスタス島 (ISLAS BALLESTAS)

バジェスタス島は、荒波に削られた幾つかの小島からなり「ミニ・ガラパゴス」と呼ばれるほど、アシカ、海鳥、ペンギンなどがたくさん見られます。パラカスのホテル前から高速ボ-トで片道およそ40分ほどで島に行き、船の上から島の動物達を見学して戻ってきます。


【バジェスタス島とアザラシ】


その他地区や博物館

黄金博物館 (MUSEO DE ORO) 
開毎日10:30~18:00
リマの中心部から数キロ離れたモンテ・リマ地区にある博物館で、ミゲル・ムヒカ・ガ-ヨ氏個人収蔵コレクションを一般公開したもの。中世紀時代の武器やプレインカ時代の黄金、金、銀製品が収められています。

国立人類考古学博物館 (MUSEO NACIONAL DE ANTROPOLOGIA Y ARQUEOLOGIA)

開火~日09:00~17:00
プエブロ・リブレ地区にあるペル-を代表する博物館で、その規模、収集量はペル-最大。プレインカ時代の展示品が多く、特にナスカ、パチャカマック両文化の解説はとても詳しい。又、インカ時代の装飾品類、髪の毛の残っているミイラも展示しています。

ラファエル・ラルコ・エレラ博物館(MUSEO RAFAEL LARCO HERRERA)

開毎日09:00~22:00
ラファエル・ラルコ氏の個人の収集によるモチ-カ時代の出土品が数多く展示されています。ナスカ、チム-、インカ時代のものも展示されています。別館にはエロチックな男女の営みをモチ-フにした土器だけを陳列しています。

パチャカマ遺跡

リマから南へ30㎞、海岸に面した所。太陽の神殿、月の神殿、太陽の処女の館などからなる遺跡です。パチャカマ文化は、紀元600年頃にペル-中央海岸地帯に発生した文化で、後にここを征服したインカによってパチャカマ(PACHA=天地、CAMAC=創造者)、つまり「天地の創造者」と名付けらたプレインカの遺跡です。


クスコ

クスコはリマの東南約1170㎞、標高3400mの高地にあり、インカ帝国時代は首都として栄えた町で、クスコとはケチュア語で「ヘソ」を意味します。16世紀にスペイン人の征服者達によりインカは山奥へと追いやられて行きました。インカ帝国の建物や石積みを壊し、寺院、住居を作り、壊した建物の上に新しい建物が造られているものもあります。その不思議なコントラストが、クスコを特別な町にしています。マチュピチュを始めクスコ近郊には今でもインカ帝国の名残がそのまま残っています。インカの石組は、カミソリの刃一枚も通さない精密なものです。インカ道もたくさんあり、当時はインカの支配している地域からクスコへ集中して来ていました。現在使用されている多くの道路もインカ道を基礎としていますし、橋、トンネル、灌漑用水路などは今でも近郊の村で使われています。特にアンデネスと呼ばれる段々畑は、今なお人々の生活の糧を生み出す大切なものです。毎年6月には、南米三大祭りの一つあるインティライミ(太陽の祭り)が行なわます。

 
【インティライミの様子と王様、王女】


アルマス広場(PLAZA DE ARMAS)
この広場はクスコの心臓部にあり、周囲にはカテドラル、レストラン、民芸品店が軒を連ねています。インカ時代は「ワカイパタ」と呼ばれ神聖な場所でした。昔はここで太陽の祭りや重要な儀式が行なわれていました。
  
                                

中央寺院(CATEDRAL)

アルマス広場に面して建つバロック様式の教会。インカ時代のビラコチャ神殿の跡に建てられたもので、1550年から造り始め約100年かかって完成しました。銀300トンを使って作られている祭壇を始め、各大司教の肖像画など素晴らしいものが幾つもあります。又、このカテドラルに祀られている十字架のキリストは地震の神として信仰され、地震からの庇護を願う人々がペル-各地より参拝に訪れています。

太陽の神殿(CORICANCHA)

太陽の神殿(コリカンチャ)は、インカ時代の信仰の中心でした。当時は建物の内部壁は金に塗られ光輝いていたと云います。神殿中央の祭壇には、黄金の太陽神が祀られていて、代々の皇帝が祈りを捧げていました。太陽の神殿の土台石を利用して、その上にスペイン人がサントドミンゴ教会を造りました。サントドミンゴ教会はインカ文明の上にスペイン様式が重なりあってできた建物です。1650年と1960年の2度にわたる大地震で、スペイン人の建てた上層部は崩れてしまいましたが、インカの石積はびくともしませんでした。

12角の石(LA PIEDRA DE LOS DOCE ANGUIOS)

カテドラルの裏手にあるアトゥン・ルミヨク通りの片側、宗教美術博物館の石壁の中に「12角の石」があります。12の角を持つ巨石で、隣り合っている石はそれぞれ大きさも角度も違っているのに、カミソリの刃も入らないと言われる程隙間なくピッタリと積み上げられています。

サクサイワマン要塞跡 (SACSAYHUAMAN)
インカ時代軍事上の拠点とし1日3万人約80年かかって造られたと云われる広大な石垣城塞。3層に分かれた石垣の中には、身長の3倍ほどもある巨石も見られます。この辺りは石のない地域の為、この城塞を造っている石は、いったいどこから切り出され、又、どのようにしてここまで運ばれて来たのか謎につつまれています。毎年6月24日にはインディオ最大の祭りインティライミ(太陽の祭)がここで催されます。当日は華やかな民族衣装に身をまとい、インカ王や従者にふんしたインディオ達が広場に集まり、犠牲として生きたリャマの心臓を太陽神に捧げてインカ帝国の将来を神に祈ります。


ケンコ-(QENKO)
インカ時代の祭礼場で聖像を安置する為、19の小部屋が作られています。中央の大きな自然石の中段に溝が刻まれ、ここにリャマの血を流して豊作を祈願していました。自然石の下に地下道があり、インカ皇帝のミイラを作っていたと云われています。又、裏側には、石を削って作られた皇帝の座った王座や犠牲の台も残っています。

タンボマチャイ(TAMBO MACHAY)

インカ時代の水浴場で、石壁の間からは昔と変わらず常に一定の水量で水が流れ続けています。インカの人々はサイフォンの原理を知っていた為、水源から自由に水路を引いていたと云われていますが、水源は未だ不明です。

プカプカラ(PUKA PUKARA)
インカ帝国の関所が置かれたと云う所。ここに立つと主要道路が一望に見えます。
「PUKA」とはケチュア語で「赤い」と言う意味で、別名「赤い要塞」とも言われています。

マチュピチュの遺跡(MACHU PICCHU)

マチュピチュは1911年7月、米国エ-ル大学の助教授ハイラム・ガム氏によって発見されました。続いて1912年、1915年と大がかりな発掘調査が行なわれ、遺跡と彼の名は、世界中に広められました。遺跡はクスコからウルバンバ川に沿って114㎞下った所、標高2,280mの山の頂上にあります。辺りは同じように尖った山々で、周囲は断崖、下からはもちろん空中からしか存在を確認できないことから「幻の空中都市」と呼ばれています。マチュピチュの総面積5K㎡、その半分が斜面となっています。遺跡の周囲は高さ5m、厚さ1.8mの城壁で固められた要塞。
スペイン人征服後、クスコやその他の町はことごとく破壊され、インカの建築様式を忠実に再現することは、極めて困難でとなりましたが、そんなインカ時代の失われた過去が手付かずに残されている貴重な遺跡です。


聖なる谷・ウルバンバ渓谷(VALLE SAGRADO DE LOS INKAS/VALLE URUBAMBA)
クスコから約30kmにある渓谷ですが、標高がクスコより500m程低いため高山症の予防には適した渓谷です。


ピサック(PISAQ)
クスコから約30km、毎週火、木、日曜日に立つ市場で有名。朝早くから村の中央広場に周辺のインディオ達が食料品や日用品又、最近では観光客用の民芸品を持って集まってくる。時間がある人は村を見下ろす丘の上にあるピサックの遺跡を見てみるのも良いでしょう。


カルカ(CALCA)

ピサックからウルバンバ川に沿って18km、ピサックの村を小さくしたような村。

ウルバンバ・ユカイ(URUBAMBA/YUKAY)
クスコに比べ標高が低いことからクスコ市民の避暑地として有名。コロニアル風のホテルも何件か有り、是非訪れたいのどかな所です。

チンチェーロ(CHINCHERO)
この村もやはり日曜市が立つが規模は小さく、より素朴さを味わえる。

オヤンタイタンボ(OLLANTAYTAMBO)
クスコから88㎞、インカ帝国時代の宿場所とも要塞跡とも云われています。切り立った山の上にあり、スペイン軍が幾度となく攻撃したが遂に陥落しなかった所です。広場には同じ高さの巨石が6ツ並べられた建物が残っていますが、誰が何の目的で造ったのか解っていません。

プーノ

リマ市の南東1,315㎞、クスコから386㎞の地にあるプ-ノは、海抜3,855m、チチカカ湖畔にある人口約33万人の山岳都市です。
プ-ノの気候は、雨期と乾期に分けられ10~3月の間が雨期(夏期)、4月~11月までが乾期です。標高が高いだけに温度差が激しく、日中は太陽が眩しく暑いのに、夜になると急に冷込み厚手のセ-タ-が必要となるので注意。又、プ-ノは国境の町で、チチカカ湖でボリビアと分かれています。

チチカカ湖(LAGO TITICACA)
アンデス山脈のほぼ中央、海抜3,812m、面積8,032k㎡(琵琶湖の約12倍)。その昔インカの初代皇帝マンコカパックがその妹ママ・オクリヨと共に天上からチチカカ湖に降り立ったと伝説の残るどことなく神秘的な雰囲気を漂わせている湖です。

ウロス島(ISLA LOS UROS)
プ-ノよりボ-トで約40分、チチカカ湖上に葦を積み重ねて造った「トトラの浮島」が大小合わせて
40ほど浮いています。島は大きいものでは、300人以上が生活できるものもあります。島の人々は「ウル族」と呼ばれるインディオで、チチカカ湖に生息するマスやペヘレイなどの漁で生計を立てています。

シルスタニ遺跡(SILLUSTANI)
プ-ノから約30㎞離れた荒涼とした丘に在り、インカの前身チュウラホン文化の遺跡と云われ、石塔墳墓で有名。一番巨大な円塔は高さ12m、円径7.2mもあります。シルスタニ遺跡の裏にある湖”ウマヨ湖”は素晴らしいエメラルドブルーの湖です。


『高山病』の注意!
クスコやプ-ノなど海抜3,000m以上の高地では、高山病に注意しましょう。
高山病の予防としては
①ゆっくりと行動する。決して走ったりしてはいけません。
②タバコ、アルコ-ル類は控えめにして下さい。ホテルやレストランに用意されている「コカ茶」を飲んで下さい。
③熱い風呂に入らず、シャワ-だけにした方が良いでしょう。
④部屋の換気を良くし、寝る前には暖房などは止めて、換気を入れ替えてから寝るようにします。
⑤何よりも大事な点は、高山病に対して過度の不安を抱かない事です。
⑥水分をたくさんとるように心がけて下さい。新陳代謝を良くする為です。
※もし高山病にかかったら、ホテルに用意してある酸素ボンベを使用して下さい。
それでも良くならない場合は、現地ガイド又はホテルで医者を呼んでもらって下さい。

クスコからプーノへ
バス
 長距離バスが運行しています。途中の遺跡に立ち寄りながらの観光バスもあります。(所要約10時間)


列車
 機関車と貨車、客車とラウンジ兼展望車がある豪華列車でののんびり移動もおすすめです。
プーノまでの所要時間は約10時間30分。
昼食とアフタヌーン・ティーのサービスがついています。
4月から10月は月・水・金・土、11月から3月は月・水・金曜日運行。



飛行機
 時期によっては乗り換え便となる場合あり。
 チチカカ湖観光の拠点はプーノだがプーノには空港が無い為、飛行機で行くにはこのフリアカの空港を利用する。

プーノからラパス(ボリビア)へ
行き方はバスを利用する方法と船を利用する方法と有り、バスだとコパカバーナ経由で約8時間(途中コパカバーナ国境で出入国有り)船はカタマラン(双胴船)とハイドロフォイール(水中翼船)の2種類で、まずバスでプーノからコパカバーナ(国境)まで行き、出入国の後船に乗りカタマランは太陽の島に上陸後博物館を見学、その後ボリビアのワタハタ桟橋へと向かいます。
ハイドロフォイールは、太陽の島と月の島に上陸後ワタハタ桟橋へと向かいます。
*いずれのツアーも天候により島上陸が出来ない事もあります。
桟橋からボリビアの各宿泊地まではバスで移動。(所要約10時間)

アレキーパ
アレキーパはリマに次ぐペルー第2の都市、リマから1,030km、標高2,380m
に位置し、万年雪をいただいたペルー富士ミスティー山(6,096m)が有名。
街は、別名白い街と言われる程建物が皆近郊で取れる白い火山岩から造られている。

カテドラル(CATEDRAL)
近郊でとれる火山岩で造られた白く美しい教会。1612年に建てられ、19世紀に入って修復、増築されましたが、その後地震で
大きなダメ-ジを受けました。

サンタ・カタリナ修道院(CENVENTODESANTACATALINA)
開毎日09:00~16:00(最終退場は17:00)
1579年に建てられ、1968年まで実際に外界から閉ざされた厳しい修道院生活が営まれていた。1974年から一般公開され、アレキーパ観光一番の見所となっている。中は大変広く、英語若しくはスペイン語のガイドが着いて一緒に中を案内してくれる。ゆっくり回ると2時間はかかるので、時間がある人にはお勧め。


コルカ・キャニオン(CANONDELCOLCA)
4,000m級の山々に囲まれた大渓谷で、アメリカのグランドキャニオンより深いと言われている。アレキーパからバスで片道
約5-6時間かかる為、1泊2日で行く方が無難。渓谷には有名な野生のコンドルが見られるかも??

イキトス
リマ市の東北1150㎞。ペル-というとアンデスのイメ-ジが強く熱帯ジャングルのアマゾンとは結びつきにくいが、アマゾンの密林の真っ只中にポツンとある都市がロレト県の県都がイキトスです。かつては、天然ゴムの集散地として栄えた所で現在も商業の中心地となっています。ゴム全盛期にスペイン人によって建てられたモダンな家々がたたずんでいます。平均気温は28℃で蒸し暑いが夜は涼しい。周辺には裸族が住み、狩猟をしながら昔とあまり変わらない生活を営んでいます。市内に近代的なホテルがありますが、やはりここでは、ジャングルの中にあるロッジに泊り、ジャングル料理を味わってみるのは如何でしょうか?

トルヒーヨ
リマの北約570km、ラ・リベルタード州の州都で、アレキーパに次ぐペルー第3の都市。征服者フランシスコ・ピサロが自分の生まれ故郷と同じトルヒーヨと名前を付けた。

チャンチャン遺跡(CHANCHAN)

開毎日09:00-16:00
トルヒーヨ郊外にある遺跡で、12世紀から15世紀にかけてペルー北部海岸に栄えた王国チムーの中心都市であった。アドベと称される日干し煉瓦を使って建設されたこの遺跡は、中心部のみで6平方キロ、全体で25平方キロにもわたって広がる都市遺跡で新大陸全体でも最大級のものである。

太陽のワカ・月のワカ(HUACA DE SOL/HUACA DE LA LUNA)

開毎日09:00-16:00
紀元前500年から紀元800年頃までのモチェ文明時代のピラミッド型をした2つセットになった遺跡。およそ1億3000万個のアドベ煉瓦を使って作ったものとして有名。但しアドベで作った物なので、風化が進みピラミッドの面影は薄い。


■チクライヨ
リマの北約770km、ランバイエケ州の州都。年間を通して殆ど雨が降らない暑いところでも有る。ペルーの砂糖と米の一番の
産地でもある。

シパン遺跡(SIPAN)

シパンは紀元700年~1300年頃に栄えた文化で、このあたりに広く浸透していたモチ-カ文化の最後の王の時代に築かれたものとされています。シパンとは、黄金とともに眠っていた王の名前で、1987年の発掘ではこの墳墓から無数の黄金が現れました。

シカンの遺跡(SICAN)

シカン文化とはモチ-カ文化の後に興った文化で、後のチム-王国文化まで栄えたと云われています。インカをしのぐ黄金文化だったと考えられ、儀式用ナイフ『トゥミ』は、この時代のものと判明しています。周囲には、発掘したワカ・ロロをはじめ12のピラミッドが散在しています。発掘を手掛けた墓からは、少女の犠牲が出た後、箱に入った黄金の埋葬品が現れました。シカンとは、月の神殿という意味で、シカン遺跡調査団長島田泉氏により名付けられました。

 
 

ペルーインフォメーション

国名 ペル-共和国(Republica de Peru)
首都 リマ (南緯12゚/西経77.02/GMTー5)
人口 約3,115万人(2015年1月推定値,ペルー統計情報庁)
面積 129万平方キロメ-トル 
南米大陸のほぼ中央に位置しボリビア、ブラジル、コロンビア、エクアドルと国境を接しています
公用語 スペイン語(山岳民族はケチュア語又はアイマラ語)
*英語は空港やホテルの一部でしか通じない。
宗教 総人口の95%がロ-マカトリック
電圧 220ボルト60ヘルツ。
一流ホテルは特別に110ボルトが用意されている場合がありますが、220ボルトを用意することをお薦め致します。
通貨 単位はソ-レス US$1.00=約3.25ソ-レス(2015年9月)
日本円を取り扱う銀行や両替所は殆どない為、日本からUSドル現金を持参する事をお勧めします。
T/Cやクレジットカードを利用の場合は5~10 % の手数料が掛かる場合があります。

クレジット・カ-ドはホテル、レストランなど観光客の利用する場所では、ほとんどのクレジット・カ-ドが利用できますが、安いホテル、一般商店、食堂には利用できない場合が多々あります。 
時差 日本より14時間の遅れ(サマータイムは無し)
気候 ペル-は緯度的にみれば熱帯から亜熱帯にまたがっています。
しかし気候は複雑で地域によって著しく異り、海岸地域、山岳地域、熱帯雨林の3つの地域で形成されています。
雨のほとんどない海岸地域や多湿な森林地域があります。
首都のあるリマ市は、真夏で28度以上、真冬でも13度以下になりません。
夏期は12月~5月で乾燥し、冬期は6月~11月で霧が深く湿度が高くなります。年間降雨量は13ミリ程度。
国土の約半分は、熱帯ジャングル地帯で常夏の乾期は6月~11月で、12月~5月が雨期となります。
郵便 日本へ手紙、葉書を出す場合はだいたい日数は7~8日位。
観光客は、ホテルのフロントより出された方が良いでしょう。
日本までの料金、葉書、封筒共3.8ソ-レス
チップ チップの習慣はありますが、ホテルやレストランなどサ-ビス料が含まれている場合は特別な用を頼んだ時だけ支払えば良い。高級ホテルのル-ムチップなら1人US$1位おけば充分です。
ホテルや空港のポ-タ-もUS$1.00程度渡しておけば良いでしょう。
ペルー国内の交通 航空
国内航空路としては、ランペルー、アビアンカ、LCペルー、ペルービアン航空が首都リマを中心に主要都市に飛んでいます。

鉄道
鉄道はあまり発達していませんが、高山列車は有名です。クスコ~プ-ノ行きがあります。(約10時間)
クスコからオリャンタイタンボ経由マチュピチュ行(約3時間)。
マチュピチュの遺跡へは、必ずこの列車に乗ることになります。

道路
各主要都市へは、長距離バスも運行しています。
市内では市民の足となっているのがコレクティ-ボ、乗合のミニバスで一定のコ-スを廻っています。
料金は均一で安いが観光客はやめた方がよいでしょう。
タクシ-は日本で言う無線タクシ-(RADIO・TAXI)と普通のタクシ-の2種類あります。
RADIO・TAXIは料金は割高ですが安心して乗れます。
普通のタクシ-は料金は安いがメ-タ-制でなく、事前交渉で料金を決めるので言葉がわからないと乗るのに難しいでしょう。
その他、路線バスも有りますが現地に詳しいガイドさん等と一緒なら問題有りませんが、バス内にドロボーも多いのでご注意下さい。
通信 公衆電話はテレフォノプブリコと呼ばれ、街頭の公衆電話、ホテル、レストランにあるのを利用します。
電話専用のカードは街の新聞売りスタンドやスーパー、ホテルの売店で買ってそれで電話をかけます。
日本への国際電話はダイヤル直通でかける場合は0081が日本の番号です。その次に0を除いた市外局番+電話番号をかけてください。それ以外はホテルや空港内の電話サ-ビス、又は各事務所から申し込みます。
なお日本の時刻はペル-より14時間進んでいますので、電話をかける時は時差にご注意下さい。
ホテル ホテルは5ツ星でランクされていますが、これはあくまでもペル-国内のグレ-ドでヨ-ロッパや米国と比較になりません。
5ツ星は、施設の整った高級ホテルで料金、4ツ星は規模をやや小さくした程度で、3ツ星以下になると簡易的なホテルとなります。地方都市に行くと一番良いホテルが3ツ星という所がありますので、事前にチェックした方が良いでしょう。
お土産 ペル-のお土産と言えば、アルパカ製品と銀製品が代表的です。
アルパカ製品
アンデス高原に生息しているラクダ科の動物アルパカの毛皮や毛織物は人気があります。しかし、実際にはアルパカの仲間リャマの毛を使った物が多いのです。毛質はアルパカよりずっと落ちるので、本物が欲しい場合は、多少値段が高くついても信頼できる店へ行くことをお薦め致します。
又、ピィマコットンや有機栽培綿などもございます。

その他には、ピスコ(ブランデ-の種)やフォルクロ-レの楽器なども人気があります。
健康食品としては、ウニャ・デ・ガトはインカ時代から使われていた薬草、最近日本でも有名なマカという滋養強壮剤も有名です。
スーパーフードとして注目のキヌアなどもおすすめです。
銀製品 イヤリング、ネックレスなどのアクセサリ-類やスプ-ン等多種多様です。値段的にも日本と比べ断然安いです。銀製品を買うには細工のしっかりとした物を選ぶのはもちろんですが、製品の裏に刻印の押してある物を選ぶと良いでしょう。

祝祭日

1月01日 元旦
4月01日、02日 キリスト復活祭
5月01日 メーデー
6月24日 農民の日/インティライミ(クスコ県)
6月29日 サンペドロ、サンファンの日  (漁民の日)
7月28日、29日 独立記念日
8月30日 サンタ・ロサの日
10月08日 アンガモス開戦記念日
11月01日 諸聖人の日(万聖節)
12月08日 聖母受胎の日
12月25日 クリスマス


ペル-料理

ペル-は、太平洋に面し魚介類が豊富です。又、ジャガイモ、トマト、トウモロコシの原産国ということもあり、おいしい野菜も召し上がれます。

セビ-チェ (CEBICHE) 新鮮な白身の魚、タコなどにレモン汁、玉葱、野菜、香辛料などと混ぜ合わせ漬け込んだもの。ペル-の代表料理。
アンティク-チョ
(ANTICUCHO)
牛の心臓や肉などを調味料を加えて大きな串に刺して焼いたもの。
ロモサルタ-ド
(LOMO SALTADO)
牛肉の細切とジャガイモの細切を油で揚げたもの、玉葱を入れ炒めた料理。付け合わせのご飯と混ぜて食べます。
チュペデカマロネス
(CHUPE DE CAMARONES)
ミルクス-プに川エビ、ご飯,ジャガイモの入ったス-プ。
アロス・コン・ポ-ヨ
(ARROZ CON POLLO)
骨付鶏肉の炊き込みご飯。
アロス・コン・マリスコス
(ARROZ CON MARISCOS)
魚介類の炊き込みご飯。
ポ-ヨ・ア・ラ・ブラサ
(POLLO A LA BRASA)
タレを付けた鶏肉の丸焼き。
パパ・ア・ラ・ワンカイナ
(PAPA A LA HUANCAINA)
茹でたジャガイモにチ-ズ、ミルク、トウガラシの辛いソ-スが付けてあります。
ソパ・デ・クリオヨ
(SOPA DE CRIOLLO)
ス-プにヌ-ドルと牛乳が入っているポピュラ-なス-プ。
タマレス
(TAMALES)
トウモロコシの粉を練り、鶏肉と種々の調味料を混ぜ、バナナの葉に包み蒸し焼きにしたもの。
マサモラ・モラダ
(MAZAMORRA MORADA)
紫色のトウモロコシを煮詰めて固めたプリン状のデザ-ト。
*果物も豊富で、中でもチリモーヤは代表的。一度お召し上がり下さい。

ペルーの飲み物
チチャ・デ・ホラ(CHICHA DE JORA)

トウモロコシから作った酒。
チチャ・モラ-ダ(CHICHA MORADA)
紫トウモロコシで作った紫色のジュース。
ピスコサワ-(PISCO SOUR)
ブドウを発酵させ蒸留した酒ピスコに卵白、砂糖、レモン汁を加えたカクテル。
日本人の口にも良く合います。
ワイン
南米ではアルゼンチンやチリのワインが有名ですが、ペルーもワイ ン(VINO) は有名。是非おためし下さい。
飲料水
水はミネラルウォーターをお買い求め下さい。現地の人はガス入り (AGUA MINERAL) の水を飲む習慣が有りますので、必ずノン・ガス、若しくはスペイン語でシン・ガスと言ってお求め下さい。
*最近ガス抜きとボトルに書いてあっても微量のガスが入っている物も有ります。詳しくは現地に詳しい方に聞いてお買い求め下さい。
ジュース類
100%果汁のフレッシュジュースが豊富です。
(JUGO) オレンジ、グレープフルーツ、メロン、トマトジュースなど
炭酸飲料
ペルーの代表”インカコーラ”は黄色い色をしたちょっと甘い炭酸(GASEOSA) 飲料。その他コカ・コーラや
”ビンボー”という会社名の炭酸飲料が好まれているようです。

簡単なスペイン語      

《あいさつ》

おはよう Buenos dias ブエノス ディアス
こんにちは Buenas tardes ブエナス タルデス
今晩は。おやすみなさい Buenas noches ブエナス ノ-チェス
初めまして Mucho gusto ム-チョ グスト
ありがとう Gracias グラ-シャス
どういたしまして De nada デ ナ-ダ
お元気ですか? C'omo est'a? コモエスタ?
元気です Estoy bien エストイ ビエン
さようなら Adio's / Chao アディオス / チャオ
また明日 Hasta manana アスタ マニャ-ナ
またあとで Hasta luego アスタ ルエゴ
ごめんなさい Perdon ペルドン
私の名前は~です Me llamo ~ メ ジャ-モ ~
あなたのお名前は? Como se llama usted? コモセジャ-マ ウステ?

《最低必要語》
はい Si イ-
いいえ No  ノ-
どうぞ(お願いします) Porfavor ポルファボ-ル
何ですか Como コモ
これは何ですか? Que es esto? ケ エス エスト?
いつ? Cuando? クアンド?
どこで? Donde? ドンデ?
どうして? Por que? ポルケ?
いくつ? Cuanto? クアント?
私、私の Yo, Mi(Mis) ジョ, ミ(ミス=複数形)
あなた Usted ウステ
少し/たくさん Poco/Mucho ポコ/ム-チョ
多く Mas マス
少なく Menos メノス
待って下さい Espere un momento エスペ-レ・ウンモメント
私は日本人です(男性) Soy Japones ソイ ハポネス
  〃    (女性) Soy Japonesa ソイ ハポネサ

《病気になったら》
気分が悪いです(男性) Me siento enfermo メ シエント エンフェルモ
 〃    (女性) Me siento enferma メ シエント エンフェルマ
私は熱があります Tengo fiebre テンゴ フィエブレ
医者を呼んで下さい Podria llamal a un doctor ポドリア ヤマ-ル ア ウン ドクト-ル
ここが痛みます Me duele esta parte メ ドゥエレ エスタ パルテ
頭が痛い Me duele la cabeza メ ドゥエレ カベッサ
胃が痛い Me duele el estomago メ ドゥエレ エル エストマゴ
食欲がありません No tengo apetito ノ- テンゴ アペティ-ト

《数字》
1. UNO ウノ
2. DOS ドス
3. TRES トレス
4. CUATRO クアトロ
5. CINCO シンコ
6. SEIS セイス
7. SIETE シエテ
8. OCHO オ-チョ
9. NUEVE ヌエベ
10. DIEZ ディエス
11. ONCE オンセ
12. DOCE ドセ
13. TRECE トレセ
14. CATORCE カトルセ
15. QUINCE キンセ
16. DIEZ Y SEIS ディエス イ セイス
17. DIEZ Y SIETE ディエス イ シエテ
18. DIEZ Y OCHO ディエス イ オ-チョ
19. DIEZ Y NUEVE ディエス イ ヌエベ
20. VEINTE ベインテ
30. TREINTA トレインタ
40. CUARENTA クアレンタ
50. CINCUENTA シンクエンタ
60. SESENTA セセンタ
70. SETENTA セテンタ
80. OCHENTA オチェンタ
90. NOVENTA ノベンタ
100. CIEN シエン
1000. MIL ミル
10,000. DIEZ MIL ディエス ミル

《月》
1月 ENERO エネロ
2月 FEBRERO フェブレ-ロ
3月 MARZO マルソ
4月 ABRIL アブリル
5月 MAYO マ-ヨ
6月 JUNIO フ-ニオ
7月 JULIO フ-リオ
8月 AGOSTO アゴスト
9月 SEPTIEMBRE セティエンブレ
10月 OCTUBRE オクトゥブレ
11月 NOVIEMBRE ノビエンブレ
12月 DICIEMBRE ディシエンブレ

《曜日》
月曜 LUNES ル-ネス
火曜 MARTES マルテス
水曜 MIERCOLES ミエルコレス
木曜 JUEVES フエベス
金曜 VIERNES ビエルネス
土曜 SABADO サバド
日曜 DOMINGO ドミンゴ